音読能力のスコア化と英語学力との相関に関する研究
鈴木政浩(西武文理大学)
阿久津仁史(東京都文京区立第八中学)
飯野 厚(清泉女学院短期大学)
大澤由加里(埼玉県立蕨高校)
キーワード: 音読,
音読能力評価ソフト,
習熟度
1.
問題と目的
英語学習における音読の重要性に言及した例は枚挙にいとまがない(後田,1982・土屋,1983・新里,1989・中嶋,2000
など)。また,音読指導を重視する授業を進めていれば,学習者の英文構造理解度は,音読を聞くことである程度予測できるのは経験的に理解されるところである。
しかし,音読に関する実証的な研究の数は少なく,音読の量と英語学力の関係を調べた鈴木(1998)や宮迫(2002),英語の聴解力に対する音読のwarm-up
effectを確認した阿久津・飯野・鈴木(2005)等,いわば,音読の波及効果に関する研究が散見されるに留まる。
というのは「音読できる」と言っても,その評価基準は一様ではないからであると思われる。これは学習者が,どのような教材をどのような発音・調音でどの程度まで読めれば音読できることになるかとする見解が一定でないためであろう。
一方,音読能力を測定する試みは,これまでにもいくつか見られる。@音読速度を測定する方法(Shinzawa,2004)やA単語の読み間違いを数える方法(Devine,1987)等がその代表であり,B英検の2次試験で行われている,音読を5段階で評価する方法などは,日本では最も良く知られた音読の測定方法と言えよう。しかし,@Aの方法は,音読能力を間接的に測定しているにすぎず,Bは直接測定はしているが,面接官の主観的な印象とも言える上に,5段階という幅の広い測定方法であるため,質の差を測定しづらい面があるのは否めない。かといって小泉(2003)のように音読を録音して1人1人聞き直して評価するという方法は,時間がかかりすぎ現実的とは言えない。
つまり,効率的かつ合理的な音読能力測定方法に対するニーズが高まっていると言うことができよう。というのは,音読を何回行うと音読が上達するのか,とか,音読が上達するとどのような英語運用力が身に付くのか,などを実証的に明らかにしなければ,どんなに音読の重要性が声高に叫ばれたとしても,それは経験則にすぎず,一般化できないためであるからだ。
こうした中,本来はキーボード操作が不可能なユーザーのために開発された音声認識ソフトの発展と共に,学習者の発話がどの程度nativeの発音に近いかを測定するソフトウェアの開発が目覚ましい。これらのソフトウェアの利用により,学習者の発音がどの程度nativeの発音に近いかを測定することが可能になってきたのである。
このようなソフトウエアの1つにSpeak!がある。これは,Windows
XPのシステムを利用し,学習者の英語音声と主としてアメリカ英語の発音との違いを比較し,数値化して示すソフトウエアである。
Speak!で測定された学習者の音読能力が英語の習熟度とどのような関係を示すかを探るのが本研究のねらいである。英語の習熟度テストであるCASECとSpeakのスコアの相関が高ければ、英語習熟度が高い学習者は音読もうまいといえよう。
Speakは学習者の音読を録音し、音声データベースに照合し、適合強度を良い、普通、悪いの3段階で判断し、そのパーセンテージをフィードバックする機能を持つ。本研究は、このパーセンテージを利用して音読のスコア化を試みた点で他に類を見ないものと言えよう。
今回の実験ではCASEC (Computerized Assessment System for English Communication)
というWeb対応のテストを採用した。このテストは英検やTOEICスコアとの相関が高く,かつ短時間で取り組めるというメリットがある。
テストは4つのセクションからなり,それぞれのセクションで測定するのは次のような能力であるとされている。セクション1(15問250点)語彙の知識,セクション2(15問250点)表現の知識,セクション3(15問250点)リスニングでの大意把握,セクション4(10問250点)具体情報の聴き取り能力。テスト時間は平均約40分から最大70分までとなっている。
両者ともその場で測定の結果が出るため,採点や計測にほとんど時間がかからず、簡便さに優れている。もしこの2つのスコアに有意な相関が認められるとすれば,学習者の習熟度を音読により推定することができると考えた。
本研究では,以上のような視座にたち音読力と習熟度の関係を概観する。
2.
方法
2.1
被験者
埼玉県内の大学生40人(男子24名,女子16名)を対象に本実験を行った。
2.2
手続き
実験参加に同意が得られた被験者に対して,まず,CASECによる被験者の英語能力測定を行った。やり方は,学生1人1人がコンピューターに向かい,出題される問いに答えるという方法であった。正答すればそれに応じて徐々に難易度の高い問題が出題され,間違えれば,それに応じて徐々に難易度の低い問題が出題された。所要時間は50分程度であった。
続いてSpeak!による音読能力測定を行った。やり方は,学生1人1人がコンピューターに向かい,英検2級2次試験のパッセージ(60語)を音読して出された判定を,記録用紙に記入して提出する,という方法であった。1回録音方法などに関して説明し,練習をした上で本番の音読をおこなわせた。練習に使用した英文と実験に使用した例文は別のものを使用した。所要時間は10分程度であった。
3.
結果
3.1
英語習熟度と音読得点の関係
CASECとSpeak!の得点の平均値と標準偏差はTable
1の通りでる。Fig. 1はその散布図である。
|
平均値 |
標準偏差 |
習熟度スコア 音読のスコア |
404.05 177.73 |
122.11 28.08 |
Table
1 CASECとSpeak!の平均値と標準偏差 (N=40)
Pearson
の相関係数 |
音読スコア! |
習熟度スコア |
.608(**) |
**
相関係数は 1% 水準で有意 (両側) |
Table
2 CASECのスコアとSpeak!のスコアの相関
Fig. 1
CASEC(横軸)とSpeak!(縦軸)の得点分布
習熟度(CASECスコア)と音読得点(Speak!のスコア)間で、ピアソンの積率相関係数を算出したところ,やや強い正の相関が認められ、統計的にも有意と判断された(r= .608,
p<.01)。
3.2 上位群と下位群の比較
次に,CASECの平均点から上の者を上位群・下の者を下位群として比較した。平均値と標準偏差はTable
2の通りである。
いずれも統計的には有意な数値と認められなかったが関係性を示す上で有意さは大きな問題では無かろう。上位群で若干のマイナスの値(r=-.049, n.s.)になっていることから、習熟度と音読スコアには相関関係が無いと言える。一方下位群ではの値から、弱いめの相関関係が見て取れた(r=.435,
n.s.)。
|
平均値 |
標準偏差 | |
習熟度スコア 音読のスコア |
上位群 下位群 上位群 下位群 |
505.4500 306.3500 196.1500 160.2500 |
75.75687 70.56186 17.70601 25.92271 |
|
音読スコア |
習熟度CASEC上位(N=20) |
-0.049 n.s. |
習熟度CASEC下位(N=20) |
0.435 n.s. |
Table 3
CASEC上位群・下位群のスコアとSpeak!のスコアの相関
3.3 CASECの各SectionとSpeak!の関連
CASECの問題は,パート1からパート4まで分かれており,パート1は語彙の知識,パート2は表現の知識,パート3はリスニングによる大意把握,パート4はディクテーションである。Speak!によって測定された音読能力は,それらの4つの英語習熟度の中のどの能力と関連が高いかを調べるために,それぞれについて,Speak!との相関係数を算出したところ,ピアソンの積率相関係数はtable5の通りであった。全てのセクションに置いて弱めの正相関以上の係数が見られた。特に、SECTION4(ディクテーション)と音読スコアに強い相関が観察された。
Pearson の相関係数 |
音読スコア | |
CASEC
SECTION1(語彙) |
.489(**) | |
CASEC
SECTION2 (表現) |
.419(**) | |
CASEC
SECTION3 (聴解) |
.475(**) | |
CASEC
SECTION4(書き取り) |
.625(**) | |
**
相関係数は 1% 水準で有意 (両側) |
| |
Table
5 CASEC
Section1(語彙の知識)とSpeak!のスコアの相関(N=40)
4.
考察
今回の実験の結果,大学生に関しては習熟度と音読能力に関しては比較的高い相関が認められ,Speak!が算出する音読能力のスコアが,ある程度学習者の習熟度を反映していることがわかった。
本研究の結果からは「学習者に音読させればその人の英語力が分かる」といった経験則はあながち間違っていないと言える。しかし、個別のデータを概観すると、同程度の習熟度の学習者間において、音読得点の差が見受けられることから、音読のうまい・下手は個人差要因が大きく関係する可能性がある。
たとえばFig.1をみると,CASECのスコアが400点台のサンプルには,それぞれSpeak!のスコアに差が認められる。つまりこれらのサンプルは習熟度が同程度であっても音読能力に差があることを示している。習熟度が同じでも音読能力に差があるケースも認識しがたくはないであろう。日本人の英語学習の傾向から考えれば、音声を軽視して文字を中心に学習している学習者の存在は否定出来ない。ソフトウエアを使った音読能力および習熟度の測定はある程度の妥当性を示しながら,学習者個々の違いを無視することはできないことを反映していると考えてよいだろう。
Speak!とCASECのSectionごとのスコアについて相関の強さをみると,パート4(ディクティション)との相関が最も強く,以下パート1(語彙の知識),パート3(リスニングによる大意把握),パート2(表現の知識)の順となった。この事実から示唆されることはどのようなことであろうか。ディクテーション課題が測っている力は、一語一語を正確に聞き取りスペリングまで引き出すことができる能力である。これは、音声から文字へというmode方向性の違いこそあれ、文字から音声へというmodeの音読と同じ知識ベース、すなわち音声と文字が一致した形でのメンタルレキシコン(心的語彙)を共有してることを示唆する。Speakが測定する音読力は、1語ごとの正確な音声であり、超分節音レベルのプロソディには対応していない。この機能上特徴も、ディクテーションスコアと音読スコアの強い関係を示す結果につながったと言えよう。
5.
課題
今回はネットワーク環境の壁に阻まれ,大学生の限られたデータしか得ることができなかった。今後中学生・高校生のデータを収集し,ソフトウエアが算出する音読能力のスコアと習熟度には学齢を問わず相関があることを検証する必要がある。
今回の研究では,音読能力のスコアと習熟度のどちらが独立変数であるかを示していない。つまり習熟度が高いから音読能力が高いのか,音読能力が高いと習熟度が上がるのかがわからないということである。
今後Speak!を使って音読練習に取り組むことが習熟度の向上に直接的・間接的につながるのかどうかを検証する必要があろう。
さらに、今回は1回の音読のデータのみを採用したため、繰り返し音読を練習することの効果についての分析も今度の課題である。また複数のテキストを音読し,音読能力測定ソフトのスコアを計測した上で習熟度との相関を観察し,ソフトウエアの判断にどの程度の信頼性が認められるのか検証することが必要であろう。
教室への応用という面からは、教師が対面によって音読を判断するというテストの場合と音読ソフトの場合の、利点あるいは欠点をさらに検討する必要もあろう。
参考文献
阿久津仁史・飯野厚・鈴木政浩 「外国語(英語)の音読に関するWarm-up
Effectに関する実証的研究−音読がリスニングに及ぼす影響についての考察」LET全国大会(口頭発表) 2005
Devine,Joanne,Carrell,Patricia,Eskey,D
(eds.) 1987 General Language
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TESOL,Research
in Reading in English as a Second Language,pp75-86
小泉利恵 2003
Development of a Speaking Test for Japanese Junior High School Students Unpublished master'
thesis,University
of Tsukuba
後田忠勝 『中学英語 読むことの指導−音読黙読から要点把握まで−』東京書籍 1982
國弘正雄 『英語の話し方』 サイマル出版社 1970
宮迫靖靜 「高校生の音読と英語力は関係があるか?」 STEP
BULLETIN,vol.
14,14-25
日本英語検定協会
中嶋洋一 『英語好きにする授業マネージメント30の技』 明治図書 2000
新里眞男 「音読の意義の指導法」『英語教授学の視点』 三省堂 1989
Shinzawa,S.(新澤悟) 2004 The
effect of oral reading for Japanese junior high school students: Focusing on its
relationships to reading comprehension,English
proficiency and awareness and strategies of oral reading. Unpublished master's thesis,Joetsu
University of Education,Niigata,Japan
鈴木寿一 「音読指導再評価−音読指導に関する実証的研究」 『LLA関西支部研究集録』第7号 13-28
土屋澄男 『英語指導の基礎技術』 大修館書店 1983